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大阪高等裁判所 平成6年(ネ)2207号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、七○○○万円及びこれに対する平成五年五月一五日から完済まで月○・八パーセントの割合による金員を支払え。

3  被控訴人の請求を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 被控訴人は、原判決添付別紙物件目録記載一及び二の土地(以下「一土地」、「二土地」といい、あわせて「本件各土地」という。)を所有している。

2 山田重美(以下「山田」という。)は、原判決主文第一項1及び2記載の各根抵当権設定登記(以下「本件登記1」、「本件登記2」という。)を経由していたところ、控訴人は、平成五年二月一六日付で山田から控訴人への右各根抵当権移転の付記登記がなされている。

よって、被控訴人は控訴人に対し、所有権に基づき、本件各登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認める。

三  抗弁

1 山田は被控訴人に対し、次のとおり、金員を貸し渡した(以下「本件各貸付」という。)。

(一)(1)  平成四年六月八日 二○○○万円

(2)        同日  三○○万円

(3)        同日  三○○万円

(4)        同日  五○○万円

(二)    同年 七月 八日  三○○万円

(三)    同年 八月二八日  四○○万円

(四)    同年 九月 八日  三○○万円

(五)    同年 同月二○日  一○○万円

(六)    同年 同月二八日 一二○○万円

(七)    同年一○月 八日 一三○○万円

(八)  平成五年 二月一五日  三○○万円

(以上合計七○○○万円)

2 被控訴人は山田に対し、右貸金債権を担保するため、平成四年四月一六日一土地につき極度額を三○○○万円とする根抵当権を、同年六月九日二土地につき極度額を五○○○万円とする根抵当権をそれぞれ設定した。

3 山田は、平成五年二月一五日控訴人に対し、被控訴人に対する右七○○○万円の貸金債権とともに右根抵当権を譲渡(以下「本件譲渡」という。)し、被控訴人はこれを承諾した(以下「本件承諾」という。)。

4 本件各登記及び移転の付記登記は、右1ないし3の原因に基づくものである。

三 抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は否認する。山田から被控訴人への金員貸渡しの事実は全くなく、被控訴人は山田からなんら金員の交付を受けていない。山田と被控訴人との間に、控訴人主張のような貸借がなされたかのごとく記載した借用証書が作成されているが、これは賭博の負け金を借用証書の形にしたものにすぎず、なんら金銭貸借の事実を証するものではない。

2 同2の根抵当権設定の事実は認めるが、その被担保債務は貸金債務ではなく賭博債務であるから、この根抵当権設定契約は公序良俗に反し無効である。

3 同3の事実も認めるが、譲渡されたのは賭博債務であって、貸金債権ではない。

また、その譲渡行為は、被控訴人からの取立てを容易にするための仮装行為であるから、その点からも無効である。

(反訴)

一  請求原因

1 (主位的)本訴抗弁1及び3のとおり(債権譲渡の際、利息は月○・八パーセントとする旨合意)

2 (予備的)仮に山田と被控訴人との間に金銭の貸借が存在せず、譲渡された被控訴人の山田に対する債務が実際には賭博債務であったとしても、被控訴人は右債権譲渡につき異議を留めず承諾したものであり、また、控訴人はそのことを全く知らず、貸金債権と信じてその譲渡を受けたものであるから、民法四六八条一項により被控訴人は控訴人に対し、それが賭博債務であることを主張することができず、控訴人が信頼したとおり貸金債務を負担するものとしてその責任を負うべきである。

よって、控訴人は被控訴人に対し、主位的に本件各貸付、予備的に本件債権譲渡についての異議なき承諾に基づき、七○○○万円及びこれに対する平成五年五月一五日から完済まで月○・八パーセントの割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1については、本訴抗弁1及び3に対する認否のとおり。

2 同2の事実のうち被控訴人が債権譲渡につき異議を留めず承諾したことは認める。被控訴人は法的に無知であったため、賭博債務であっても支払う義務があると思って異議を留めることなく承諾したにすぎない。のみならず、公序良俗違反による無効、債務の不発生のような事由については、民法四六八条一項の適用はなく、債務者は債権譲渡について異議を留めず承諾しても、その事由を譲受人に対抗することができるというべきであり、また、控訴人は、譲渡されるのが賭博債務であることを知っていたか、容易に知りうる立場にあったものであって、悪意・有過失の譲受人というべきであるから、いずれにせよ、被控訴人は控訴人に対し、右の事由を対抗することができる。

3 仮に右の事由を対抗することができないとしても、右のような事情からすれば、その請求は権利の濫用として許されないというべきである。

第三  証拠(省略)

理由

第一  本訴について

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがないので、まず抗弁1の事実について判断するに、乙一ないし一一によれば、控訴人主張の各貸渡日を作成日付とし、各金額を貸渡金とする被控訴人作成名義の(ただし、宛名の記載はない)借用証書一一通(以下「本件借用証書」という。)が存在することが認められるところ、右書面が被控訴人の意思に基づいて作成されたものであることは当事者間に争いのないところであり、証人山田重美も右のとおり貸し渡したと証言しているので、それらの点から抗弁1の事実が認められるというべきであるかのごとくである。

しかしながら、被控訴人本人は、右証書はいずれも野球賭博に負けた負け金支払いのために作成させられたものであって、真実山田からそのような金員を借り受けた事実は全くない旨供述しており、証人山田重美の前記証言と真っ向から対立する形となっている。のみならず、証拠(甲三、乙一ないし一三、一五ないし二七、被控訴人、証人山田重美、控訴人)によれば、被控訴人が平成四年六月から同五年二月までの短期間に総額七○○○万円もの金員を現実に山田から借り入れたとみるのは不合理ないし不自然といわざるをえないような事情として、次のような事実が認められる。

1  本件借用書一一通はいずれも、市販の定型の借用証書用紙を用いたものであるが控訴人主張の個々の貸付に対応する金額が借入金額欄に、日付が作成年月日欄に、被控訴人の住所と氏名が債務者欄に手書きされ、右名下に被控訴人の印が押捺されているだけのものであって、貸主欄、弁済期欄、利息を記載すべき但書欄、利息の支払期欄、保証人欄はすべて空欄のままとなっており、しかも、これだけ大金の貸借というのに、それ以外に弁済期、利息等の定めがあったことを窺わせるような証拠も事情もなんら存在しない。

2  プロパンガス等の小売業者である被控訴人は家具製造業を一人で営む山田とは、従来から互いに面識はあったものの、商売上の付合いや金銭の貸借関係はなく、また、控訴人とは、本件訴訟まで面識もなかった。さらに、肩書住所で食堂兼喫茶店を営む控訴人と山田とは、自宅が近所であることから互いに面識はあったが、営業上の取引や継続的な金融取引などはなかった。

3  右の程度の交際しかない右三者の間において、どのような理由から順次に七○○○万円もの大金の融資が簡単に実行されることになったのか、納得のいくような事情はなんら存在せず、また、どのような経緯で、控訴人の資金を山田が借り受けてこれを被控訴人に貸し付けるというような迂遠な方法をとることにしたのか、この点についても首肯するに足りる事情は見当たらない。

4  被控訴人は当時、預貯金や先代から相続した不動産等の資産をかなり有していたものであり、七○○○万円もの資金を調達する必要に迫られるような事情は存在せず、また、七○○○万円もの大金が控訴人から山田を経て被控訴人に動いたことを示す痕跡は預金口座等の上に全く残されておらず、控訴人がこれを現金のまま自宅で保管していた事を裏付けるような客観的な資料もなんら存在しない(乙一二、一三、一四の一、二、一五ないし二七はいずれも、控訴人主張の最初の貸付の時より四か月から一年三か月も前の控訴人の資産状態を示すものにすぎないから、このような資料が存在するからといって、右時点において控訴人の手許に六○○○万円近い現金が保管されていたことが裏付けられるわけではない。)。さらに、被控訴人が現実にこれを何らかの使途に充てた形跡もない。

5  本件登記1が平成四年四月一六日に、本件登記2が平成四年六月九日にそれぞれ経由されていることは前記のとおりであるが、被控訴人に対する初めての貸付が何故それから二か月も経過した後に実行されることになったのか、これを説明すべき納得のいく事情はなんら存在しない。

以上の認定事実からすれば、被控訴人が平成四年六月から同五年二月までの間に、総額七○○○万円の金員を山田から現実に交付を受けこれを借り受けたとみるのは甚だ不自然であって疑わしいといわざるをえず、それにもかかわらず本件借用証のごとき書面が作成されているのは、被控訴人本人の供述するとおりの事情によるものとみるのが素直であるというべきであって、証人山田の証言は右認定事実に照らし措信することができないものといわなければならない。

そうすると、抗弁1の事実については、結局その証明がないことに帰着するというべきである。

二  抗弁2の事実のうち、被控訴人が本件各土地につき山田のために根抵当権を設定したことは当事者間に争いのないところであるが、控訴人主張の貸金の事実が認められないことは右のとおりであるから、この根抵当権が右貸金債権を担保するために設定されたものということができないことは明らかというべきところ、本件借用証が被控訴人の供述するとおり、野球賭博に負けた負け金支払のために作成させられたものであると認められることは前記のとおりであるから、この根抵当権も右負け金債務を担保するために設定されたものと推認するのが相当である。ところで、一般に根抵当権は、増減変動する不特定の被担保債権を一括して担保するものであるから、設定の時点において被担保債権とされた特定の債権がたまたま存在しなかったからといって、直ちにその根抵当権の設定契約が無効となるものではないけれども、それが賭博の負け金債務を担保する目的で設定されたような場合には、目的の不法性の故に、その設定契約は公序良俗に反して無効となるものというべきであり、本件根抵当権の設定契約もその理由によって無効であるといわなければならない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく抗弁は理由がない。

第二  反訴について

一  反訴請求原因1の事実のうち貸借の事実が認められないことは、本訴の抗弁1について判断したとおりであるから、控訴人の主位的請求は理由がない。

二  そこで(予備的)請求原因2について検討するに、被控訴人が本件譲渡について異議を留めず承諾したことは当事者間に争いのないところ、右譲渡の対象とされた貸金債権が客観的には存在せず、実際には被控訴人の山田に対する賭博の負け金債務であったことは前記認定のとおりである。

ところで、民法四六八条一項本文によれば、債務者が異議を留めないで債権譲渡について承諾したときは、「譲渡人ニ対スルコトヲ得ヘカリシ事由」をもって譲受人に対抗することができないものとされ、その「譲渡人ニ対抗スルコトヲ得ヘカリシ事由」には、同条但書の予想する弁済、和解等による債務消滅の抗弁事由のほか、不法の目的による債権の不発生の抗弁事由もまたこれに含まれることがありうることは否定することができないけれども、右法条が本来、一般債権取引の安全を保障し債権譲受人を保護することをもってその趣旨とするものである反面、これが適用されることにより結果的に不法の目的による債権の発生を容認することになり、また、抗弁事由を喪失する債務者の利益が失われる結果となるものであるから、不法の目的による債権不発生の抗弁事由がつねに「譲渡人ニ対抗スルコトヲ得ヘカリシ事由」に当たるものと解するのは相当でなく、債権不発生の原因となった不法の内容や債務者が債権譲渡につき異議なく承諾するにいたった理由等の諸般の事情を比較考量の上、不法の目的による債権の不発生の抗弁事由を切断することが不相当と認められるような場合には、その抗弁事由は右の「事由」には含まれないものと解するのが相当である。

そこでこれを本件の場合についてみるに、本件譲渡債権の不発生の原因が反社会性の強い賭博によるものであることは前記のとおりであって、その抗弁事由を切断することは結果的に公序良俗に反する賭博を容認することになりかねず、また、被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人が本件債権譲渡について異議なく承諾するにいたったのは、賭博に負けた以上負け金は支払わなければならないとの素人考えからであったことが窺われるのであって、これらの点から考えるならば、公序良俗に反する賭博の負け金については債務は発生しないとの事由は、右法条にいう「譲渡人ニ対抗スルコトヲ得ヘカリシ事由」には含まれないものと解するのが相当である。

そうすると、控訴人の予備的請求も理由がないことに帰着するというべきである。

第三  結論

右のとおりであるから、本訴請求は正当として認容すべく、反訴請求は失当として棄却すべきであって、これと同旨の原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、訴訟費用について民訴法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

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